GWといえば遠出というパターンは既に使い古されている
ことと、思う。私は、中途半端な連休を利用して、地方へ
出た。そして、有名とされる仏閣を、なんらかの験が得られる
のではないか、と思い、少しだけ巡った。いまひとつだった。
何も、仏像が
スケールないとか、混雑とか、そんなものでは
なかった。表題の寺院において、僧侶とのやり取りに
むかついたのだ。十二支の動物が十二神将の頭上にあると
言っただけで、「貴方は私の話を何も聞いていなかったのですね!」
と声高に言い、自慢げに話をするのだ。他の人に対しても、
「やはり4番目と6番目の彫りの良さが
アメリカ出展ものでしょう」
などと自慢する。秘仏が三十体以上という歴史も物悲しいが、
それを自画自賛してしまう僧侶の貧しさも、また悲しい。
この仏寺は、最寄駅から徒歩で25分という大嘘の
ガイド情報が
あるので、注意してほしい。道標がほとんどない。歩いて
片道1時間は見た方が良かろう。私は、怒りでさっさと下山し、
そして、再び迷い、5分後に来るという巡回バスに拾われて、
次の寺に行けた。ここはR-templeといいYの付く駅で下車して
行けた。割合良かった。崖っぷちの碑や阿弥陀の形をした
侵食は霊験あらかたと言えたし、黒い大仏も荘厳だったが、
やはり僧侶がいけない。自画自賛はなかったが、お守りの売店で
、あまりにも無表情。そして、買おうとしていた私に、
「お札の中身開けないでくださいね」と。私はそんなに
無宗教的であろうか?そんなに不謹慎に見えたか?
他にも、煙草吸っている阿呆はおったろうに?
もともと買うつもりだったので、購入したが。
僧侶の修行が足りないのではないか?
顕教も密教も重要だが、それを生かせているか?
何より、寺はたとえ
ミニチュアでも、守る者が敬虔かつ謙虚で
探究心に満ちていれば、国宝にも劣らないのではないだろうか。
感動という観点において、タイやカンボジアに、
負けていた感は否めない。
やはり
アジアに出ないと駄目なようだ。
詳細については広告を参照されるといいかもしれない。
要所が理解できるようになっている。大方名刹のはずだが、
やはり物と人の
コラボレーションあっての寺だということは、
抑えておくべきかもしれない。
posted by ロスジェネ at 15:53|
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