インドの物乞いと飽きるほど対面を果たしてきたからだ。
このアザラシには、肛門に指を突っ込むことの不潔さや、
家なき子が線路でうんち座りをすることの物悲しさや、
午前4時の連絡階段で硬貨を求めて手を伸ばす幼児や、
頼まれもしれいないのに大道芸をやって窓ガラスに
へばりつく幼子に比べ、恵まれていることを知ってほしい。
そして、それは私達の近未来かもしれないのだ。
このアザラシのようにふかふか毛布に包まれているような
庇護を期待してはならない。全ての出費は全世代の
豊かさに依存して成立するという固定観念を破壊しなければ
いけない。私達は団塊のヒモではない。複雑化した
役割分担と執拗な手作業そして細やかなチップの報酬で
いかなる政治家でも収拾のつかなくなったインドに比べ、
私達はまだ生きる余地がある。私達は負けてはいけない。
かといって、中国山間部やインド農村のボールペン拝借に
なってもいけない。
アザラシが、そう教えてくれている。





