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2009年05月02日

水神槍2−6

 私は、先代と暮らした年月をあるがままに話した。青年は涙目になり、先代と同盟を結んでいたのだと言った。それには、お前が盟主として加わっていたというのだ。お前が先代と交友関係にあるとは、どういう風の吹き回しなのか、私にはわかりかねたが、青年の話の随所に、お前は登場した。

 話が終わる頃には、お前が生物系の教養を糧として何かを成そうとしていたことが、虚言でも作り話でもない真実であることを信用できるようになっていた。そして、黒尽くめの洋服で身を固めた彼は、今こそお前の構想を実現させる時だと言った。彼自身、好機を逸しないために、同じ価値観を共有できる同志を集めていた。車を停めて控えていたのが、その面々だった。誰の顔からも、マシンと限界速度に命を捧げられそうな荒くれた雰囲気は感じられなかった。生物の教科書を片手に顕微鏡と格闘した方がお似合いだった。要するに、彼等はお前の複製体といえた。

 山寺の客間に青年達を通し、詳細が伝えられた。青年によれば、先代の周到な準備の甲斐あって何時でも決行できるが、そのためには、あの開かずの蔵を開放し、事を成功させるための資料を掘り起こす必要があるというのだった。また、遂行しようとしている計画はお前の原案であり、お前自身は皆の尊敬の的だったことが明かされた。お前は腑抜けどころか、れっきとした指導者的存在だったのだ。

 非常時のために同志達を屋外に待機させ、オタマジャクシの件に造詣の深い青年と私が蔵への侵入を試みることになった。青年が草木の豊かな丘に攀じ登ると、茅葺きの残骸が降り注ぎ、叩く音と毟る音が引っ切り無しに繰り出された。それが止むと、鍵を持って上がってくるように、青年が言った。丘の頂上はほじくり返され、金属板が一枚横たわっていた。絵が彫られていた。一対の目を持つ人魂達が、輪を描いて泳いでいた。青年が、菱形の穴を指した。鍵穴らしかった。人魂模様のある鍵が鍵束に埋もれても見分けられたのを思い出し、差し込むと、ぴたりとはまった。

 いきなり開いた奥底に、私は墜落した。薬品らしき刺激臭で息苦しくなってよろけ、何かにぶち当たった。手触りで杭とわかったので外したが、その先は押しても引いてもびくともしないので、タックルを仕掛けた。土砂崩れの音と共に、夕陽が舞い込んだ。誤って左右にぶつからなくて良かった。着地した青年は、両側の壁に密接した棚に並べられた容器に、固唾を飲んで立ち尽くしていた。

 私達は、容器を取り巻く埃という埃を取り払った。単純な楕円球から化石の生き写しや多種の融合体とも見て取れそうな変異体まで、瓶詰めの標本になっていた。右手の一番右上から左手の一番左下まで順々に辿っていくうちに、脊椎動物の原形から哺乳類までの進化の道筋を遡及して学べることを発見できた。オタマジャクシ姿の住人も、他の動物門の化身であろう五匹も、標本達のそれとは容姿が同一どころかそっくりですらなかったが、こことそこの標本の間に位置するだろう、というくらいの察しはついた。また、書庫の巻物に描かれた動物のうち数頭は、同等といえたものの、今生きている彼等に比べると、心を掻き立てる形質の特徴が含まれているとはいえなかった。

 青年が、円筒形の陶器の入れ物に歩み寄っていた。人間の死体を体育座りの姿勢で何体も収納できそうな入れ物だった。木の蓋に重しの岩が積まれてあったので、叩き割るべきか、それとも、何が起こるかわからないから重しをのけて蓋を取るべきか、私達は話し合った。結局、一ヶ所だけ穴を開けることになった。青年と私の脚力で、ひび割れに毛が生えた程度だったが、穴ができた。

 蹴り疲れていた私の足を、冷たい何かが触れて通り過ぎたように感じた。振り向くと、人魂らしき何かが、本堂へと折れ曲がっていった気がした。目にも止まらぬ速さというのではなかった。涼気の流れを身に受けることでしか、感じられなかった。

 妻の悲鳴が聞こえた。青年をほったらかしにして、私は本堂へと急いだ。廊下を跳躍し、縁側に駆け込んだ。妻が縁側の柱にもたれかかって項垂れ、息子が青白くなって眠っていた。

 背中に草や苔の房を背負った姿が、一角を頭上に屹立させ、胴体と同等の大きさの頭を池に傾け、腰を下ろしていた。私は、そいつの尾の下敷きになっていた妻と子を引き寄せた。呼びかけても目覚めなかった。姿が振り向いた。顔と手足は、ツメガエルの幼生のそれだった。

 山中で三匹から浴びたものとは、桁違いの火花だった。

 その炸裂を、全身に浴びた。

 死にはしなかったものの、言うことを聞くのは首から上だけになっていた。

 若者達が駆けつけ、そいつに会うや錯乱し、大量の血液を吐いて倒れた。青年も、顎を赤く染めて喘いでいだ。女に入れ込んでいながらも前人未到の価値を故郷で創生させようとしていたお前は、三匹を介して、この死魔の辣腕に不運にも取り殺されたのではないか、と思えた。

 そいつは、胡座をかいて私達を静観し、水かきのある手でパン粉を頬張っていた。そうかと思うと、夜空へ高飛びし、池の背後に控える林の最高点に到達し、止まった。そして、何やら語りかけていた。聴き取れず、両瞼が塞がった。

 潮騒の鳴る部屋で、私は目覚めた。私の他には、青年がいた。半月近く眠っていましたよ。青年は、水の口移しまでやった看護の成果だと喜び、落命した候補者と妻子の埋葬も池の彼等の引越しも全て済ませた、と言った。そして、青年がお前の青写真に準じた行動を起こしていたことを知らされた。彼は、持っていた白い石に平伏した。別れの挨拶に無人のお前の家に立ち寄った時、仲間の一人が庭で見つけ、珍しいもの欲しさで拾い上げてみたら……あのぼそぼそとしていながらもしっかりとした物言いが、今も忘れられません。青年は、御守りにしてほしい、とそれを私の掌に置いた。お前の頭蓋骨だった。

 私達の宿泊している民宿の裏は砂浜に面しており、エアポンプの稼働する水槽が設置されていた。海水の藍色に同化したオタマジャクシの集まりと、脊椎動物の進化史の狭間にはまっただろう五匹がいた。水は、塩辛かった。私の寝言に準じたというのだった。

 広げてあったシートを青年が剥ぐと、数百もの標本の瓶が集結していた。青年達が運搬したのは、生きている住人だけではなかったのだ。不慮の災害で亡くなった同志のためにも最大限に活用してみせる、と彼は言い切った。

 私は、彼等の計画に加わった。この世で己を燃焼できる場としてこの計画に参加しているという青年達の意見の長所を抜粋し、自分なりの文体に加工し、一般の人にも理解できる言葉へと推敲を重ね、海生のオタマジャクシについてのレジュメを作成した。青年はお前に引けを取らない語り口で聴衆への講義のリハーサルをこなし、他の若者達は会場や進行方法等の改善点について模索した。随時発生した金銭の問題は、青年の手に保管されていた山寺の収入で解決できた。

 本番の前夜になって、是非話しておきたいことがあるから、と青年が私の個室に入ってきた。リハーサルのやりすぎで横になればすぐに眠れそうだったので、勘弁してもらいたかった。しかし、青年は正座したまま立ち去ろうとしなかった。

「忘れてはいませんよね。同志達の命を奪ったあいつを」

 忘れてはいなかった。と同時に、木造の本尊の容姿が急浮上した。支柱の全長に近い独鈷を両手に握り締めたその座像は、あいつと瓜二つではなかったか、と思えていた。青年が言った。あいつが私達に告げたことを憶えているか。その内容は、私達が成そうとしている行いを見透かしたものではなかったか。残念ながら、私には聴き取れていなかった。

 青年は、あいつの演説を再現した。

 辺鄙な山奥で子供達が先祖の姿への変態を試行しても、所詮は自己満足でしかなく、このままいけば誰もが奇形として死に絶えてしまうだろう。願わくは、子供達を故郷へと導いてもらいたい。さすれば、彼等も自然を感受して正しく生き永らえよう。我が殺生の瞳から生き残れたお前達なら、必ずや成し遂げてくれよう。そして、この記念すべき一時を歴史に刻むべく、生き証人を立てるのだ。我が子供達の存在を、大衆に語り伝えてもらえるように。

「そう言って、何処かへと行方を晦ましたんですよ」

 青年は、漢字の書き連ねられた厚紙を広げた。山寺を去る直前に、あいつが現れた蔵を再調査した時に入手したというのだった。封印されていたそいつは、十代目の住職の時代に生まれ、肥大しすぎていたにも関わらず泳ぎを自力で悠々とこなし、言葉を操って寺の人々を誑かし、住職以外の人間を瞳で射殺したが、激怒した住職が敵討ちとして槍を喉元に突き刺そうと奮戦し、陶器の入れ物に追い込んで封じたのだった。その代から、当時まで本尊だった大日如来を都の由緒ある寺院に売却し、得た資金でたまたま辺境の地を遊行していた仏師に依頼し、神木と定めていた桐の木から十年の歳月をかけて彫らせた末に完成した力作が、殉職者の供養そして惨事の忘れな草として、新たな本尊となった。住職以外の人間はその蔵の前で立ち止まることすら禁じられ、代々の住職間で敷かれた緘口令もあって、実在が噂として流布されることはなかった。やがて、住職以外の誰からも興味関心を持たれなくなり、真相を口伝で知った責任者が少しずつ土砂や雑草を盛ることで、蔵は丘へと変貌していったのだという。

 私達はあいつの眼力にお膳立てされた大根役者なのかもしれない、僧侶達の緘口令さえもそうではないのか、という見解の是非を検討するまで話は煮詰まったが、そろそろお開きにしたかった。夜が明ければ本番だった。私は、言ってやった。私も君も、生命への飽くなき想いがあるからこそ観察会を実施するのだ。あいつの語ったことなど一切気にするな。単なる誑かしに決まっている。それに、あいつが私達の運命を支配しているかどうかなど解明のしようもないし、一眠りすれば当日なのだから、思い悩むだけ時間の無駄だ。

 夜更かししたというのに、眠りが深かったのか、すっきりとした気分で起床できた。地元の住民達が、乳児から痴呆の老人に至るまで、事前に配布した案内のパンフレットを持参して、水槽の設置された砂浜に集合した。青年が、予想を遥かに上回る、賄賂も多少は効いているだろうが、と満面の笑みを浮かべた。

 予定通り、青年によって生物の基礎知識の概説が滞りなく伝えられ、実物の観察に移った。参加者は水槽の前で陣取りに押し合いながらも、こちらで用意した藁半紙に、大人の鯉に匹敵する体躯でいながら活発な芋洗いを止めようとしない子供達の模写を始めた。それから、時間を見計らい、希望者を募ってシートを剥いだ。模写が一段と苛烈になった。藁半紙の束に、大小の腕という腕が矢継ぎ早に伸びた。予定時刻に閉会を宣言しても、半数以上が帰宅を拒否した。同志達は、札束を片手に、熱した人々の説得に回った。私は、お前の頭蓋骨の入った巾着を首からぶら下げ、晩夏の潮風に気持ち良くなっていた。

 しかし、会が無事終了した直後、この一日で得た充溢は玉砕された。

 木箱を載せた小船が、流れ着いた。十隻以上はあった。先頭の箱の板が剥がされ、髭だらけの大男が猫背になって砂浜に降り立った。ついで、他の船の箱が飛び散り、砂を踏んだ誰もが聞き慣れない言語を喚き散らし、突進してきた。

 私は、奴等に頭突きを食らわし、蹴り倒していくも、間髪をいれずに新手が上陸し、倒れた者は敵味方の分け隔てなく仲間内で解体された。私は、角材を拾ってぶん回した。その角材は、相手を倒していくうちに金属バットになり、鉈になった。その刃先も、数人斬るとがたがたに欠けた。数歩前にはずたぼろの青年がいたが、髭もじゃの奇人達が数秒で消化し、距離を詰めてきた。敵の額から抜けなくなった鉈を見捨て、私は破れかぶれになり、徒手空拳で立ち向かった。

 獣じみた連中は、続々と上陸した。私は抵抗しながらも後退し、頭から水槽に落ち、水を被った。ぬるぬるとしたものを、両手が捕まえていた。私はそれを、噛み付きにかかる奴等に、自己防衛の本能で振りかざした。最前列の肩が切り離された。その切れ味は、誰にでも通用した。正面への突きの一撃が最も効果的だった。それだけで、敵がきれいさっぱりと飛び散ってくれた。

 乱戦の砂浜からさほど離れていないテトラポット置き場で、私は朝を迎えた。全身が茶褐色に塗りたくられていた。利き腕には巨大な乾いたオタマジャクシが一匹しがみついており、叩いてもびくともしなかった。その図体にしては貧弱な手足だけは伸び縮みしたので、この部分を引っ張ることで腕から外せた。尾は真っ直ぐに伸び、触れるだけで指が切り離されそうに思われた。テトラポットに振り下ろすと、切れ目が深々と入った。砂浜では、蝿が群がって黒ずんでいた。近づけるようになるまで、十日を待った。






posted by ロスジェネ at 06:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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