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2009年05月02日

水神槍2−7

 同志達と毛むくじゃらの死体を焼却し、殉死者への葬儀を済ませてから、数日間は海を眺め、ぼんやりとしていた。生命と向き合うこと以外の生き方を考えたことがなかったので、他の道に進もうという決断の見込みすら立たなかった。かといって、地元にとって生活の場である海辺を墓場にしたことに変わりはなかったので、滞在するわけにはいかず、民宿の女将に泊めてくれた礼を言い、宿泊代金を渡し、夜中に去った。

 女将が手配してくれたトラック運転手の助力を得て、人気のない断崖に着いた。あいつの願いを叶えてやる本意はなかったが、とりあえず何かを実行することで再起の手始めとしたかったので、生きる拠り所であった彼等を解き放つことにした。まず、観察会の成功に貢献した蔵の標本達を水葬にした。それから、彼等との日々を丹念に思い返し、水槽を蹴倒した。子供達が、岩壁に攻めかかる波間に呑まれていった。最後の一台には、生き木魚、角の鏃、三つ目、小竜、ガラス樽の連なりがいた。彼等からの個々の視線が突き刺さるのを感じた。正直取り止めたかったが、腹の底から声を絞り出し、踏み切った。水槽は波に乗り、大洋へと流されていった。

 その後、武器と化したオタマジャクシとお前の頭蓋骨を携え、放浪の旅に出た。その道程で、物騒な噂の種を拾えた。各地がその話題で持ちきりだった。徒歩で帰郷した町ですら、誰か彼か話し込んでいた。真夜中の海から不審者がやって来るらしいが、警察は彼等を射殺できても事件解明に繋がる手がかりを得られず、投げやりになっているらしい。あの畜生共以外に考えられなかった。快刀を手に入れていなかったら、私も骨だけになっていたのだ。

 猫背の食人鬼共は、何を求めて上陸するのだろう。

 あるいは、誰が何のために奴等を送り込むのか。
 そんなことを考えているうちに、かつていた山寺の縁側についていた。

 池は、静かだった。私は、手持ちの凶器を一振りした。水面が揺らぎ、人魂が過ぎった。

「ヨクゾカエッテキタ」

 あいつが、林の頂点から私を見下ろしていた。私には、言っておきたいことがあった。貴様の願い通りに郷里に帰した、だが、体格からして独立独歩で海を生き抜けるとはとても思えない、早晩藻屑となるのが関の山ではないのか。あいつは、含み笑いを木霊させた。そして、饒舌になり、私が解き放った彼等の現状について、地理の固有名詞をふんだんに使って語った。そして、言った。私と彼等は繋がっている、死の瞬間までお見通しだ、何故なら、私と彼等は同じ祖先なる水神の子孫なのだから。

 観察会の前日に青年から持ちかけられた話が形を帯び、私を取り巻いた。しかし、それだけが形を帯びたのではなかった。万年雪の名山の池での遭遇も、腑抜けではなかったお前との再会も、山寺でオタマ達にひたむきだった僧侶との年月も、生き物を伝える情熱に一生を捧げた青年と取り組んだ観察会も、そして、正体不明の人種と殺し合った血みどろの一夜も、あいつによって仕組まれていたのではなかったか。

 ご名答、とあいつが言った。両刃の剣の切れ味が、貴様の命を守ってきた。そして、我が思惑通りに子供達を海に帰してくれた。感謝する。

 私は雄叫びを飛ばし、海辺の寂れた町で起こった一部始終をあからさまに話してやった。あいつは、調子の同じ含み笑いをするばかりだった。

「イマイルコドモタチモ、タノモウ」

 池の水面で、無色の球体が、尻尾を振っていた。その透明な球体の中に、諸器官が凝縮されているように見えた。特定の金属元素の濃度調整を行うことでホヤの幼形成熟を実現したという報告が思い出された。実際、その有尾のボールは、尾を残したまま変態を終えたホヤに似通っていた。

 一方、その生き物の進行方向には、黒光りする甲冑魚が水中より躍り出て、陸へと這い上がった。正しくは、頭部と胴体に甲皮を装着した変態中のオタマジャクシといえた。尾を含めた全身に、棘が生えていた。そして、振り向いたそいつの顎はナメクジウオのそれに近く、食物を咀嚼できるとは思えなかった。良い所、水中のプランクトンを漉し取って吸収するくらいだろう。少なくとも、口とは言えなかった。

 生き木魚、角の鏃、ガラス樽の連なり、小竜、三つ目の序列が成立するとすれば、有尾のボールと口無しの甲冑魚はこのうちのいずれかの間に入るだろう。そして、彼等の頂点に鎮座するのが、人語を発し、邪眼で人命をほしいままにする、あいつだ。

 降りて来い、と私は怒鳴り、お前、僧侶、妻子、そして青年達の分を含めた恨み辛みを、更に自己の半生を撹乱したことに対する憤怒を乱射した。

 あいつは、一言返しただけだった。

「キサマハ、イキモノナシデ、ドウイキラレタ?」

 彼等との邂逅がなければ、負け組サラリーマンらしく朽ちて腐るだけの一生だったと理解させたいのだろう。そんなことは百も承知だった。他者による別の人生の提案など、もっての他だった。

 私は、両足の脚力を全開させた。池が足下から離れ、木々を追い抜いた。満月に差し迫るかと思えた。しかし、あいつの安座する穂先こそが目的地だった。

 あんぐりと開いた口そして視点の定まらぬ両眼が、我が圏内に入った。

 ややあって、どぼんという音が二回続けて聞こえた。私は枝から幼生の刃を外し、大木から降りた。池では謝肉祭が催され、夜が明けてからもそれは続けられた。

 飛ぶ鳥にしか到達できない高さを跳躍し、あいつを一刀両断できたこと。気づきもしなかった相手からの一撃を、巾着のお前が受け止めたおかげで無傷だったこと。そのどれもが奇跡でもあり得ない作り話だ、とその時は疑うこともなく、ほっとしていた。

 あいつを殺害した次の日、あいつの姿を象った本尊と巻物を焼き捨てて山寺を去り、池のオタマジャクシとその変身体を残らず海へと放した。

 蛮人達は、懲りずに海辺の町という町に侵出した。意思疎通もできない彼等からは、何処から来て何をしようと企んでいるのか、という手懸りすら収集できなかったので、滞在先で迎え撃てた時は、常に皆殺しにした。

 しかし、連絡船に乗って北国に赴いて、風向きが変わった。漁港だった部落に滞在していた日の夕刻だった。毛むくじゃらの蛮人達が流氷の上を飛び跳ね、埠頭に押し寄せてきた。殲滅は予定通りだったが、いつもならば箱の中には排泄物を溜めたゴミ袋しかないのに、一冊のファイルが落ちていた。表紙には極秘マークが捺印されてあり、紙面には日本語が使われていた。機密保持の意識の弛んだ間抜けが置き去りにしたのだろう。研究所の所在地から研究目的に至るまで、虫眼鏡の欲しくなる注釈付きの専門用語を多用して記録されていた。

 蛮人は発生途中の人間の胎児にホルモンやアルコールの添加量を調節することで生産可能というのだった。また、何かの統計データの上端には、両生類の未受精卵から孵化までの発生段階が描かれていたが、それも四肢と尾の同居するオタマジャクシの段階までであり、それ以降は斜線のみが引かれていた。

 この時点では、真相のほとんどは未解明だった。

 しかし、放浪先の防衛戦で意気投合した同年代とチームを結成し、手がかりの薄片を組み合わせていくうちに、流浪と闘争が交互に訪れる十年以上を乗り切り、研究施設を一望できる高台に集結していたのだった。闘争心に優れたアジア人種の労働力を補充するために、低能な連中が眼前の高層建築物で産声をあげている筈だった。

 私は、幾多の修羅場をかいくぐって骨粉と化したお前の眠る巾着を握り締めてから、利き腕に馴染んだ愛刀を敵陣にかざし、組織の士気を鼓舞するための演説をし、作戦開始の号令をかけた。

 一斉に果樹園の中へと前進し、各班に分かれ、兵器の設置を促し、担当者に設定の時刻を確認させた。あいつを斬った日に勝る満月が林立する研究棟を照らし、呻く声が棟内より断続的に聞こえた。私達は木陰に身を隠し、予定時刻を待った。

 爆音が一帯を揺さぶった。

 研究棟が膨れ上がった土煙へと急降下し、突風が砂塵や石礫を引き連れて、襲いかかってきた。私はうつ伏せになって息を止め、鎮まるのを待った。

 明け方になって、私は同志達と瓦礫の丘を見回った。裸の多毛共が細切れになっていた。

 メンバーの一人が私を呼んだ。行くと、変態途中のツメガエル幼生の死骸が山盛りになっていた。

 如何かな、誑かされての二十年は。

 声が、がんがんと響いた。

 剣を叩き捨てると、破裂したタンクから噴出する水を被って、それが膨張した。そして、角と毛はないものの、山寺で真っ二つになった邪眼の持ち主へと孵った。

 私は、すかさず腹を踏みつけた。

「イッタハズダ、ワタシハカレラトツナガッテイル」

 あいつは、自らの一心同体を喜悦し、私の半生について、美辞麗句のあれこれを織り交ぜてこけ下ろした。

「ミトドケヨウ、ユサブラレルダケノジンセイヲ、コレカラモ」

 復活したあいつを足で捕えていたので、踏み潰してやれば決着はついた。しかし、それでは腹の虫が治まらなかった。同志達に、目配せで合図した。ありとあらゆる手段を講じて入手してきた銃器が、狙いを定めた。それでもなお、あいつは小言を吐いた。

「コノセカイハ、オマエガイキテイクタメノ、ケイコバダ。オボエテオケ」

「ふざけるな、俺は今こうして生きている」

「ソレハオマエノオモイコミダ」

 あいつは尚も喋ろうとしたが、そうさせるつもりはなかった。貴様は死期を引き延ばしたいだけだろうが、と言い、全体重をかけた。あいつは、白目になって痙攣し始めた。それでも、あいつは余裕そのものと受け取れる口調で、私を論破しようとした。

 私は、長年の友だった凶器に、銃弾数発で別れを告げた。同志達からの弾が命中して蜂の巣となってからも、丹念に踏み潰した。しかし、その熱中も続かなかった。冷気に縛られていた。同志達の姿が見えなくなっていたので呼ぶも、応答はなかった。探そうにも、足が踏んづけている屑から抜け出せなかった。その足下すら、朧になっていた。舌打ちするだけで、頬がただならぬ冷感を得た。そして、指先が氷雪に触れているのがわかり、その途端に肉体の感覚が徐々に喪失してきた。しかし、聴覚だけは生きていた。ざっくざっくという音が、近づいてきたのだった。






posted by ロスジェネ at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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