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2009年05月04日

生命環遊戯C−5・6

 円形闘技場を復興させた新都心は、途上国の少数民族を拉致しては、賭けの殺し合いや売春の酒池肉林に消費し、移民達を享楽に酔いしれさせている。だが、俺にはそんな卑猥な小事はどうでもいい。かかずらっていられる暇などない。修理要らずの電子の小犬が垂れ流すニュースを尻目に、小箱の梱包作業で汗水を流しているのだから。その中に詰めているものこそ、銀髪頭の幻影を創った老人の悲願であり、その根源たる影達を受け継いだ俺が生きる前提である。乾いた繭にアルコールを浸し、蓋を閉め、ピンセットと説明書を添付して、商品としての装置は完成する。しかし、現金収入をもたらすことはない。注文の有無に関係なく、影達が近隣の南洋の小島から北端の寒村に至るまで、無作為に配送するだけだ。受け手によっては、頼んでもいない上に立身出世の役に立たないゴミ屑として叩き潰すか、説明書も読まずに繭を弄くって小難しそうでつまらないと焼き捨てるかもしれない。あるいは、大和魂の充電された起爆装置だと思い、開けずに軍部に渡してしまうかもしれない。それはそれで構わない。民族や人種を問わず、誰かが辞書と文法書の見様見真似で書いた下手糞な英語の説明書を熟読し、未解明の生命現象に開眼し、流血や性交がもたらす刺激にはない何かを体得したいと火花を散らす者が一人でもいれば、それで満足だ。

 かつていた自国民に生命を探求する魅惑を体感させたいという老人の構想に端を発したキットの私家版が、今日も、当番の影達によって、新品の百箱として運ばれていく。俺はいつものように、庭に出て、影達を見送る。そんな彼等の飛び去っていく方角の砂浜に、何かが漂着している。ぼろ船だ。帆は破れ落ち、船体が垂直に折れている。その船底がめくれ、肌黒の巨躯が這い出し、砂浜に仰向けになる。しばらくそいつは動かなかったが、日が沈み始めた頃に起き上がり、俺を見るや、元気良く手を振り、百は下らない石段を数歩で登りきり、丘の頂の自邸に乗り込んだ。腹筋が、引き締まる度に鬼の形相を作り上げている。

「すまないが、一晩頼む」

 俺が返答しないうちに、男はごろ寝にかかる。悪意を孕んではいない、と非番の影達が警戒しかかっていた俺を宥める。

 翌朝、俺が起床すると、男は装甲獣を飼育している鍋を見つめ、懐かしすぎて目が潰れそうだ、とひとりごち、泣きまくっている。

「なあ、あんた、俺の息子を知っているだろう?」

「すいませんが、何のことだか・・・・・・」

「あんた、知らないとは言わせないぞ。こいつを飼っているんだからな」

 再度否定する。そうか、本当に知らんのか、と男はため息をついて泣き止むも、まあ、それなら仕方がない、と空箱の山に描かれた装甲獣達のイラストを一瞥し、あんたもこいつに魅せられてきたみたいだから教えてやろう、と言う。氷点下すれすれの冷水でこいつらを飼ったことはあるだろうか。俺自身、思いもしなかったが、かつて住んでいた場所で未曾有の冷害のあった年、この獣は脱腸を来たした。成体である獣の体内から腸管が吐き出され、幼体の蠕虫に若返った。腸管の役目を捨てて自由の身になったそいつは、ものの数分と経たないうちに本体の首に張り付き、末端を擦り付けて巨細胞を注入した。受け入れた成体は、飼育場である湖を溢れ出させ、薔薇の狂い咲くような、あるいは、獅子吼するような見映えとも言うべき水獣となり、器官の末梢という末梢に雛形を実らせた。俺は、成体と幼体の先入観を捨て、二者は交尾として合体したのだと解釈し、こう捉え直した。幼体と見なしていた蠕虫は雄であり、成体と見なしていた装甲獣は雌だったのだ、と。

 俺は、男に異論を唱える。幼体はその尾部に巨細胞すなわち卵を保有していたとすれば雌であり、つがう相手である成体は雄と考えるのが妥当とも言える。ただし、貴方の言うことが正解だとすれば、脱腸が性転換をも誘発し、行動様式や生理機能を逆転させたのかもしれない。

 男は俺の異論には答えず、飼育用の鍋の傍らに置かれていたファイルの図柄に、何だこれは、と言って手に取る。それは、老人から何の説明も受けないまま二十年もの間死蔵してきた、不可解なデータだ。

 男は黒光りする巨躯をよじらせて感泣し、我が子は大器だった、と叫ぶ。そして、抗体分子のデンドリマーの山の層とその基底に豊潤としてある核酸の海の層、巨細胞内に局在するとされる染色体の地図、およびその染色体の次世代への分配を描いた模式図に添えられた注釈の殴り書きを、俺の眼前に突きつけて言う。こいつなら、この惑星の何処へでも子孫を残していけるだろう。二本で一組の染色体のうち、片方は親から世襲するが、もう片方はそうではなく、外殻の基本単位である抗体分子の感知した情報が核酸として翻訳され、内在性のトランスポゾンやプラズミドあるいはバクテリオファージを介して編集されることで、新規の染色体が紡がれるのだ。そのため、単為生殖でありながら親世代と異なる遺伝情報を獲得でき、外部環境への適応力も備わり、かつ有性生殖よりも速く子を地に満たせる。また、仮に冷害に見舞われたとしても、雌雄の交接による大々的な遺伝情報の再編によって、一癖も二癖もある子供等を・・・・・・。

 落雷じみた効果音が発せられ、会話が中断してしまう。電子の小犬から、火花が漏れている。立ち上がった液晶には、ソファにもたれて周辺機器と連結した二人の老翁が、にやにやとしている。俺は、この国の公用語がアルファベットから漢字一色に変えられてからというもの、彼等を液晶越しに度々拝見してきた。字幕から推測するに、百貫でぶの方は宇宙生物学の老師で、痩せぎすの方は憲法解釈の大家だ。

「まだ生きていたのか、このルイセンコ・・・・・・文革中毒・・・・・・アイシュビッツ糞野郎共!」

 男が耳を聾する声で詰ると、二人は悲しげな表情を作る。わざとらしい、他者を見下した泣き顔だ。

「貴様等、何処に隠れている?」

「・・・・・・隠れているのは君等じゃないのかね?引きこもっていないで、外に出て来なさい」

 その外では、円盤型の浮遊要塞が、こちらに接近している。抱えた小犬の画面上の二人が、日本人とは克己勉励をそつなくこなせる先進国の消耗品、いわば人類の星たる地球のおまけに他ならない、などと言っている。

「優しい言葉で誑かせば、失業し、破産し、自殺し、そして絶滅寸前だ。人間として生きるには、弱すぎるよ」

 黙れ亡国の世間師、と男が食ってかかる。民衆から理知を収奪し、猿以下へと退化させた貴様等という匪賊あっての現在だろうが。人工島の根城を憶えているか。この俺にとっては今もなお過去ではない。ここで清算してくれる。覚悟しろ。

 男は奇声を発する。熱波が放たれ、四肢の関節と背骨に刀剣状の器官が形成される。

 でぶが、グラスの飲み残しを足下の旗にぶっかける。日の丸の血色が、葡萄酒の浸透によって生々しくなる。痩せぎすが、葉巻に火を点けて一服し、その日の丸に捨てる。前々から油を染み込ませていたのだろう、あっという間に燃え上がって萎んでいく。

 二人は腰を上げ、さよならの手振りをする。

 身の毛のよだつのを、俺は感じる。

 その瞬間、遥か下の孤島が熱線に射抜かれるのを見下ろす。変身を遂げた黒肌の大男が、俺の胴を抱きしめ、逃しはしないと、中華と朝鮮その他のアジア諸国の国旗を着飾った円盤型要塞をねめつける。落下に際し、俺は影達に指令を下し、空気抵抗の受け皿とさせる。

 黒焦げの丘には、着地しても煤が舞うばかりで、形ある物が見当たらない。男は大喝し、背骨より新生された刀剣状の器官から蒸気を噴出させ、浮遊要塞目がけて飛翔する。しかし、要塞の繰り出す熱線の手数は、憤怒だけで太刀打ちできそうにない。紅一点の影が、援護射撃を推奨する。俺は、半数を彼の防護に当たらせ、残る半数を自身の鎧としてまとい、敵地に急行する。

 影達の助力で空飛ぶ悪魔となった男は、縦横無尽の砲撃を巧みにかわし、漆黒の波動を各部より発して機関砲を打ちのめしていく。俺は潰れた機関砲の合間に身を潜め、一部の影達を解いて暴れさせ、大破を後押しする。

 熱線が、目で数えられるくらいに疎らになってくる。

 使い物にならなくなった機関砲が全て退き、阿修羅の兵士達が止めどもなく空へと吐き出され、昼下がりが真夜中へと塗り潰される。

 紅一点の影が、数限りない大軍を本能任せに相手するのはあまりにも無謀だから、ここは私が要塞内に単独で侵入し、操縦者を討ち取ってこの要塞を骨抜きにしよう、と言う。俺は彼女に一任する。

 痩せぎすの声が響く。君達が金銭の魅力に興味関心を持ち、人間社会の幸福に真正面から挑戦できる勇気と誠心がありさえすれば、欧米に代わって世界の指導者となった中華朝鮮連邦に帰化し、富豪達と無礼講で美酒を味わえるだろうに。ついで、でぶの声も響く。この船は太陽系の全惑星を探査できる諸機能を搭載し、将来の宇宙戦争も想定して設計されている。ゆくゆくは地球全土を統帥する移動式帝都として、かつ未来文明の始祖として、一万光年の彼方に生きる未確認生命体からも畏敬の念を受けることとなろう。君達がその気なら、我等直属の高官に任じてやってもいい。俺は、悪魔の肉体に包まれた男に、どうする、と訊く。前屈みに突っ立ったまま、返事がない。悪魔を成す影達に戻れと命じると、全身の萎縮した老いぼれの立ち姿が残され、阿修羅が射出した光の弾に命中して飛散する。

 もう待てないよ、希少種のジャップ共。

 二人の声が、号令をかける。

 俺は、影達のシェルターで光の雨を耐え凌ぐ。そして、搦め手の女の帰りを待つ。

 待つ。

 待ちつづける。

 指図もなしに、影達が解けていく。

 影達を操るエネルギーの消耗で、全身が重すぎて瞼を開けることすら辛すぎるが、俺に迫っているのは満天の星空であって、光の弾ではない。それだけはわかる。また、足場の要塞が海面すれすれにまで降下している。女が戻り、老人達の首級を掲げ、海に投げ捨てる。

 要塞の積載していた燃料の化学反応だろう、金銀の色彩が幾度も発せられ、洋上を満たしまくっている。その眩しさを頼りに、俺は煤の色に汚れきった孤島を探し当て、再着陸する。炭の粉末が視界を遮断するが、影達に旋風を起こさせ、飛ぶ粉を追い払う。

 奇跡だ。

 女の骨だけの手には小瓶が掴み上げられ、中身は襲来前のままだ。

 それよりもこちらを、と女が指し示す。奇跡は二度微笑んでいる。装甲獣の牧場として二十年間を俺に尽くしたアルミの鍋が、一命を取り留めている。澄んだ水もそのままで、飼育されている奴等も健在だ。しかし、大幅な変更が加えられている。まず、鍋が凍てつくように冷えきっている。また、釣鐘の形がどこにもなく、装甲の一部分に顆粒や膠質や触手を過剰に有したように見える肉片だけがある。しかも、それらは自ら動いている。

 それだけではない。先までの海戦の後遺症として、重力の局所的なひずみが生じたのだろうか。微弱ではあるが、鍋の水が渦巻いている。それも一定の方向のみに回るのではなく、いきなり逆回りになる時もあり、その度に相反する力と衝突して撹拌状態となり、現存する小動物達が不規則な水中遊泳を強いられている。面白いのは、そんな中で互いに身を寄せ合おうとしているところだ。海蛇みたいな個体から岩礁めいた個体まで雑多だが、撹拌されている間だけ意識的に出会いを求めるようだ。渦が静まる僅かな間、それらは衝突しても無反応だ。また、相容れる物同士の組み合わせがあるようで、互いに重なり合い、増殖と変色を経て、装甲獣へと近似していく。しかし、鉤爪のような肉片だけは、どれとも相容れないのか、独り身のままだ。もしかしたら、これは雌雄の概念を超えた多性と呼ぶべきものなのかもしれない。そう直感的に思う。前例がこの星にあるかどうかは別として、少なくとも三つ以上の性別があり、装甲獣へと結実していくのだろう、ただし、鉤爪だけは不能なのだろう。

 鳥の嘴とも見違える鉤爪が、空の明るみに呼応するようにして割れ、ふわふわとした球体を白日の下にさらす。半透明に輝くそれに、新型の装甲獣が丸齧りにかかる。生じた食い跡から霞が漏れ、復元されていく。その装甲獣の一体が、みるみる紅潮し、豊潤とした触手らしき器官から、次々に珠を咲かせ始める。椀の形をした口には針状の牙が生え揃い、俺が廃村の石筒で目撃した瞬殺が披露される。ところが、微妙に形態を異にする他個体と暴食し合うだけには留まらない。鍋の冷水を吸い上げ、膨らみ出す。丸々とした体幹部のみならず、口吻の付近までにも珠を満開させ、それらが獰悪な肉食獣の眼差しに思えてくるが、食い物となることへの恐怖ではなく、長年共に生きてきたという愛着が込み上げ、俺は躍りかかる。

 珠達に割れ目が生じ、雛達が孵化したかと思えば、矢継ぎ早に海中へと身を投じていく。その形態は素早さゆえに、この目には映らない。海洋が白銀に色めき、目を開けていられなくなる。


 光度が弱まり、顔を上げて目を開けられるようになる。真紅に染まった水柱が、埋没した俺と珠達を率いて波濤を蹴立てている。これに続き、釣鐘の形をした雛と思しき姿が海路をこじ開けている。百体の影達が、貴方の人生という遊戯はここから新たな始原を迎えよう、この生命が歩むだろう新たな生活環の冒険者となれ、と檄を飛ばす。そいつは面白い。何処までも、道連れになってやろう。散っていった者達の分まで、何処までも。手に届く珠を手繰り寄せ、俺は歓喜の咆哮をあげてみせる。





posted by ロスジェネ at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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